2010年 09月 05日
2010 北海道マラソン 完走記
 2010年4月19日、新茶マラソンを走った翌日は休暇をいただいた。下半身はひどい筋肉痛で寝返りを打つ度に痛い。左足人差し指の爪も死んでしまいうつ伏せだと当たって痛い。仕方ないので休暇の割には普段通りに起きてしまった。後半ペースダウンはしたものの歩かず完走して、わずかながらも記録更新した前日の実感に浸りながら真夏の北海道マラソンに申し込んだ。目的は、超エリートランナーが何人も出場するメジャーな都市型マラソンを走ってみたいこと、秋冬に申し込むであろうマラソンへ向けた中間チェック、そしてモチベーションの維持である。

 4月は、適度に休養しながら走り、5月からは主に15km以下の短い距離を今までより早いスピードで息を切らしながら走った。6月~7月上旬まではそのまま距離を伸ばし少しでも早く走れるような練習をした。梅雨明け後は、猛暑のため日に日にスピードが落ちたが、ゆっくりでもいいから距離を伸ばすようにした。北海道とはいえ真夏のフルマラソンは身体にどんな影響があるかわからない。暑熱馴化するため、30度をはるかに超える日中に、熱射病一歩手前の状態で敢えて長時間ランニングを何度も実行した。月間走行距離も7月、8月は300kmをついに超えた。

 8月28日、北海道へ移動。受付のためスタート地点である中島公園パークホテルへ向かう。到着した17時頃は丁度、受付のピークのようでランナーが行列を作っている。気温は高く薄着なので筋肉の付き方がよくわかる。明らかに過去2回の出走者より速そうに見え思わず緊張した。ホテルを出て荷物預場やスタート整列位置を確認している時、優勝候補の黒人選手が軽くランニングをしていた。

 8月29日朝、昨晩は12時頃就寝し、8時30分に起きる予定だったが、緊張か興奮のため8時前に起きてしまった。朝食後、ホテル近くの北海道大学校内へ行ってみた。学校内と言うより公園的な雰囲気で多くの札幌市民が朝の散歩を楽しんでいる。しばらく歩くと中継車がなにやら準備をしている。そうここはゴールの大通公園まで1~2kmくらいの所であることを思い出す。数時間後、ここをどんな状態で通過することになるのだろうか?そもそもここまで辿り着けるのだろうか?天気は曇り、気温は27度くらい、この天候が続くことを祈る。

 午前10時過ぎ、中島公園到着。既にランナーで溢れている。いつも通りまずはトイレに行った後、ほんの少しだけジョギングをする。沢山走ると42km以上走ることになるので体がほぐれる程度の距離にして、残りの時間はストレッチ&整列場所での待機時間に当てた。準備運動中に既に汗が滴り落ちる。曇っているがそれにしても暑い。急きょTシャツからランニングシャツへゼッケンを付け替えた。日焼けによる体力消耗は怖いが、暑さによる消耗はもっと怖い。周りを眺めると半数位がランパン・ランシャツだったので妻の勧めもあって変更した。

 北海道マラソンの整列順序は、招待選手→陸連登録選手(A/Bブロック)→フルマラソンの持ちタイム順(Cブロック以降)→初マラソンの順番である。8000人中、真ん中よりやや後ろのEブロックが私の場所だ。登録選手がやたら多く、4時間を切るくらいの私の持ちタイムでは前方に並べない。今後、スタート時のタイムロスを減らすには、今から実績を残すしかない。スタート位置では今回も妻に付き添いをお願いし最後まで水分補給に努める。脱水予防のため少しづつ少しづつスポーツドリンクをぎりぎりまで飲み続ける。緊張か水分の取り過ぎのせいでトイレに行きたくなった。でもここで隊列から外れると最後尾に回らなくてはならない。できるだけロスを減らしたいので今は我慢し、コース上の空いているトイレに駆け込むことにした。

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 午後0時10分定刻通りレースがスタートした。案の定、渋滞でなかなか前へ進めない。それでも道が広いので思ったより早く1分40秒前後でスタートラインまで辿り着く。ここからは渋滞はしているがタイム順に並んでいるので、それなりにスムーズに走れた。写真を撮っている妻に手を振りいよいよレースがスタート。スムーズとはいえ真夏に8000人が一斉に走り出す。風は無風、湿度は高い。はっきり言って汗臭い。しばらくは我慢。

 私の北海道マラソンの位置づけは夏練習の総仕上げ、我流でやってきたことの成否確認である。作戦&目標は5分10秒/km位で走り、3時間40分以内にゴールすること。練習の時は30度以上の中、5分20秒/kmペースで35kmをなんとか走り切れた。1キロ当たり10秒も速いが給水ロスやフラットコースを考えるとぎりぎり可能と判断した。問題の35km以降は・・・、ペースに関わらずどうせバテるのだから今は気にしない。

 最初の5kmは26分07秒、5分14秒/kmペースであった。渋滞とウォームアップを考慮するとまずまずの出だしだ。この時、気になったのはA/Bブロックの陸連登録者でかなりゆっくり走っている方が大勢いた。この人たちが噂に聞いた金を払って(=陸連登録をして)前方に並ぶ方々だ。決して否定するつもりは無いし、私もできるだけ前に並びスタートロスを極小化したい。でもせめて混雑時は、コースのど真ん中ではなく、端寄りを走って欲しかった。「すみません」と何度も言いながら、やりたくないジグザク走りをせざるを得なかった。また、随分後方からスタートしたランナーがすごい勢いで追いぬいて行く。「いきなりそんなペースで大丈夫?」と思いながら「待ってろよ~、30kmで」と心の中で叫びペースを保つ。

 5km~10kmは流石に落ち着き、マイペースで走れるようになってきた。1km近い創成トンネル内は涼しいという話しだったが、曇りのせいか、暗いだけで涼しさは感じなかった。トンネルを抜け市街地へ出る。沿道の方々の応援が多い。普段は車が通行する4車線道路をランナー達が占拠している。初めての都市型マラソンに早くも酔いしれる。ラップタイムは25分6秒。ほぼ5分/kmペース。ちょっと速いかもしれない。

 10km~20kmは中心部から郊外へ走って行く。天気は日差しが出てきて気温は上昇、30度は超えているみたいだ。5km毎にあるスポンジポイントでスポンジを取り、腕・足・首の後ろを冷やす。顔も濡らしたがサングラスまで水滴だらけになり前が見づらくなってしまった。17km付近では膝痛予防のため貼っていたテープが早くも汗と水で取れてしまった。どこかで剥がれ落ちるだろうと思っていたが半分ももたなかった。この10kmはコースがフラットで走り易く、5kmごとのタイムは24分50秒、24分32秒とペースはまた上がった。ここまで来たら行ける所まで行くしかない。

 20km手前から新川通に入った。折り返しを挟み12kmの一直線コースである。ハーフの通過は1時間48分くらいだったと思う。スタートロスと序盤のスローペースを考えるとここまで順調に来ている。上げたいペースを我慢して走っていると、セーラー服ランナーに抜かれた。セーラー服を着て、髪は金髪ポニーテール、真っ黒に日焼けした骨太の彼女?は、沿道の応援を一手に集める。幼子が「セーラー服頑張れ!」と声を掛け、彼女?が「オー!」と図太い声で答える。周りが一気に和む。しばらくすると今度はランナー達が中央分離帯に寄って行く。早や先頭ランナーが折り返して来たのだ。一流ランナーの走りを間近に見れるのも北海道マラソンの楽しみ。前方から黒人選手がぐんぐん近づく。あっという間にすれ違ったが、全然速さを感じないスムーズなフォームで走り去ってしまった。こちらはまだハーフを過ぎた所、あちらは30kmを既に通過している。私も無事30kmまで行けるのだろうか。そんなことを考えていると突然目まいがした。気がつくと太陽はギラギラ、地面からの照り返しもきつい。頭が暑く、このレースで初めて疲れを感じた。一瞬初マラソンでのエネルギー切れによる失速が脳裏をかすめる。何とか冷静に「あの時よりよっぽど走りこんでいる」、「もっと暑い中35kmまでは走れた」、「こんな所で失速するわけにはいかない」と自分を奮い立たせる。足はまだまだ大丈夫、スポンジポイントで練習でもやらない頭から水をかぶり体を冷やす。この5kmは24分40秒。あとから聞いたが気温は33度を超えていたらしい。

 25kmを過ぎると折り返しが近づいてくる。セーラー服は途中でバテたようで遅れたが、今度は小柄な女性に追い抜かれた。私より少し早いだけだったのでペースメーカーとして利用させてもらう。後姿を見ると、良く走りこんでいることが判る。力強くは無いけど一定のリズムで確実に前に進んでいる。それから頭へ水を必ず掛けていた。彼女を見習い付かせてもらったおかけで35kmくらいまでペースダウンせずにすんだ。沿道にはお手製の「折れない心」と書かれたボードを持った男性が応援してくれている。30kmを過ぎると皆疲れているため、このメッセージには多くのランナーが助けられたことだろう。私も誰かの役に立てたのだろうか。この5kmも24分33秒と安定したラップタイム。

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 30km~35kmはかなり疲れが出てきた。ペースメーカー役の女性もいつもの間にか見失ってしまった。コースは単調な新川通を離れ一路札幌中心部へ向かう。増えつつある沿道の応援のおかげで疲れてはいるが25分10秒でラップを刻む。少々息が乱れている。マラソンは35(30)kmを過ぎると相当辛くなってくる。こまめにエネルギーをアミノ酸、ブトウ糖、ジェル、塩飴などで補給していたが、エネルギーが切れかけているようだ。日差しは多少陰り、意識はしっかりしてきた分、しんどさが良くわかる。36kmを過ぎ、あと6kmちょっと。いつも走っている佐鳴湖1周分だと思うと少しは気が楽になった。

 37kmを過ぎ、いよいよ残り5km。ここまでくれば大丈夫と思った瞬間、突然左ハムストリングが攣ってしまった。思わず「あっ痛ったった!」と大声を上げる。とても走ることができず2歩で道の真ん中に止まってしまった。「ここまで来て何で?」、「ゴールできない=棄権?」、「歩いたらどうなる?」一瞬の間に色んなことが頭をよぎる。けれども次の瞬間、「くそっ、絶対にゴールしてやる!」即座にストレッチを始める。このレースで初めて触った脚は硬質のゴムのように固まっており、跳ね上げた砂もいっぱい付いて既にボロボロ。改めてここまで耐えて来てくれたことに感謝&感激した。けれどもまだ休ます訳にいかず、攣りかけていたふくろはぎと共にパチパチ叩いて刺激を入れ再び走り出す。だが5mも走らないうちにまたハムストリングを攣る。再びストレッチの後、左足をかばいながらゆっくり、ゆっくり走り出す。今度はなんとか走れそうだ。最後の塩熱飴を一粒口へ投入。手持ちの補給食はこれが最後だ。体は完全にエネルギー切れで下半身もあちこち痛い。ここからは気力で走るしかない。5kmのラップタイムは26分52秒と2分間のロスをしたが、新茶マラソンの平均ペースよりも速い。息は完全にあがっている。

 レースも終盤、北海道大学内へ入った。左足をかばっているせいか、右足脛が痛み出した。着地の度に刺すような痛みが走る。前後左右のバランスも完全に崩れている。ここで教科書を思いだしリズムを変えることにした。歩幅を狭めピッチを上げた結果、しばらくすると足の痛みが治まった。北大校内は緑豊かで綺麗であり、応援の方々も沢山いたと思う。この頃になると、痛いとか、しんどいとかの感覚と記憶能力がぶっ飛んで、朦朧と走っていたように思う。広い広い北大を抜け今度は旧道庁の赤レンガ建物の前を通る。ここも沢山の人がいたと思う。残り1kmを切ったこの辺りは正に満身創痍、とにかく一歩一歩前だけを見つめ足を進めた。

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 そしてついに大通公園まで辿り着く。残り直線300m。後ろから猛烈な勢いできた初老ランナーに抜かれる。私も負けじ、ここまで来たらなんとでもなると開き直り全速力で付いて行く。妻を探したが人だかりで発見できない。ゴール前の数十メートルは手足の動きがバラバラで空中分解しそうで可笑しかった。ゴールタイムは3時間34分38秒(ネット:3時間32分59秒)。暑くて長い北海道マラソンが終わった。30度を超える暑さの中、自己ベスト更新は十分満足の行くものであり、レース展開も悪くなかった。我流の練習が間違いではなかったのだろう。沿道で絶え間なく応援してくださった方々、暑い中、笑顔で励ましてくれたボランティアの方々へ心から感謝申し上げたい。来年も是非、完走したい!

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by blue-shot | 2010-09-05 22:53


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