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2010年 12月 06日
河口湖マラソン
 篠山マラソン、新茶マラソンを走り終えた後、漠然と年内に3時間30分を切りたいと思った。篠山の1km辺りの平均タイムは5分29秒、新茶は5分24秒かかっている。これを4分58秒まで短縮しなければならない。できるかどうかわからないが4月より1kmを5分で走ることを意識し、真夏の北海道マラソンでは平均5分3秒/kmでゴールまで走り切った。あと1kmごとに5秒縮めることができれば3時間半を切れるところまで来た。サブ4は努力をすれば多くの方が達成できるレベル。サブ3.5(3時間30分以内)は当然もっと努力をしなければ届かない。40歳過ぎの新米ランナーには丁度いい目標かもしれない。

 10月17日 第1回富士鳴沢紅葉ロードレースのハーフマラソンの部にエントリーした。1回大会とは思えないほど運営はスムーズで、参加賞は豪華地元の野菜。できれば1時間30分(ベスト記録)を切りたいと思っていたが、前日車でコースを下見すると前半はきつい登り坂、後半は緩やかな下りで平たんな所が少ない。相当タフなレースになりそうだ。レースは前半の遅れを後半やけくそになって取り返そうとしたが届かず、1時間30分どころかベストにも届かず、完全に坂道にやられ1時間36分であった。

 11月7日 ジュビロ磐田メモリアルマラソン
一年前、走るきっかけとなった思い出深い大会。今度こそ1時間30分を目指したが、前の週にインフルエンザにかかってしまった。平たんと思っていたコースは5kmまで緩やかな登り、10kmまでは下り、後半もこの繰り返し。最後の5kmは10kmの部のランナーと一緒になり、どんどん10kmの人達を追い越し快調に走った。結果はインフルエンザによる練習不足、治らぬのどの痛み、レース序盤の渋滞など不運な面はあったが、タイムは1時間30分19秒。わずか19秒、1kmあたり1秒未満ではあるが目標に届かなかった。

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 11月27日 河口湖へ移動する。河口湖マラソンは景色が綺麗なリゾートマラソンと言われていることで、今シーズンの本番&本命レースとして選んだ。鳴沢ロードレースの時に下見した河口湖をもう一度車で走る。少しだけアップダウンがあるが殆どフラットコースであることを再度確認する。早めに宿に入り夕食を取る。食事は、なんちゃってカーボローディングをやっていたつもりが前日間違えだとわかった。普段の食事にプラスして炭水化物を多めに取っていたのだが、普段の食事量は維持しながら内容を炭水化物中心にするのが本当だと今さらわかってしまった。どうしようもないので大盛りライスと少々のおかずを食べ、さっさと寝る。体重は51kgを切り、体脂肪は7%台まで絞れた。これがベストな状態と思いたい。

 11月28日 朝5時起床。外は真っ暗、気温は1度くらいか。河口湖マラソンのスタートは午前7時30分と早い。無理やり餅を飲み込んで6時前には宿を出る。吐く息が白い。ウインドブレーカーの上にダウンのベンチコートを着て丁度いいくらいだ。荷物を置きスタート地点へ行くと既に人が溢れかえっている。ルール通り最後尾から入りできるだけ前に並んだ。この大会ははっきり言って整列に関してはルールは無視され、早く行った人が前方に並べる。また、スタート地点はコースが狭いため後ろだと相当なタイムロスが生じる。

 7時30分 いよいよ河口湖マラソンがスタート。ストップウォッチを号砲と共に押したつもりが、違うボタンを押してしまい、慌てて正しく押し直す。とりあえずプラス10秒くらいの誤差があることにする。肝心のスタートロスは1分ほどだったが正確なタイムはつかめず前途多難にレースがスタートした。まずは一番きついだろう3kmの緩やかな登り。遅いランナーをかわしつつウォーミングアップのつもりでゆったり走る。今回は3時間30分をどうしても切りたい。そのためには1km辺り余裕を見て4分50秒ペースで走らなければならない。ルール違反の遅いランナーをかわしながら最初の5kmは23分46秒。スタートロス1分を30秒取り返した。

 続く5km~10kmはほぼフラットなコース。遅い方達を引き続き抜き去りマイペースで走れるようになってきた。寒くてもきちんと最初から給水して落ち着いて坦々と気持ち良く走る。この5kmは22分34秒。はっきり言って速過ぎる。これでは最後まで持ちそうにないので落とすことにした。「このまま行けたら・・・」などと欲を出してはいけない。10kmを過ぎ、1週目の河口湖大橋に差し掛かる。橋のたもとに妻を発見。余裕で手を振りながら通過する。10km~15kmは23分08秒。若干ペースを落とすがまだ速い。疲れは全くないのでとりあえず欲を出さないようにしながら現状を維持するという難しい選択をすることにした。15km~20kmは河口湖繁華街の対面を走る。所々道幅が狭く、1車線しか規制してないため対向車が怖かった。23分12秒とペースを保つ。

 20km~25kmは、繁華街の方へ戻って行く道。途中でブラスバンドが優雅にジャズを演奏していた。ここは東京から近く、お金持ちが避暑のため来る静かな湖畔でもある。ジャズを聞きながらマラソンを走るのもおつなものである。このブラバンは制限時間の6時間近く演奏し続けると思うと感謝。スプリットは23分29秒。

 25kmを過ぎ、2周目に突入。この辺りから周回遅れのランナーや1周の部のランナー達に追い付き出す。中には道幅いっぱいに広がってしゃべりながら走っていたり、後方のランナーを気にせず前を安易に横切る人もいる。そんな人たちをかわすランナーと思わずぶつかってしまった。そんな中、橋のたもとの妻に手を振り坦々とラップを刻む。25km~30kmは23分28秒と疲れが出だし少しペースが落ち出す。

 30kmを過ぎた頃から、今回は右足首が痛み出した。アキレス腱がブチッと行きそうな感じである。ストライドを狭め、ピッチを上げ1歩の負荷を減らすよう努力する。ピッチ走法に変えたいのだが疲れているせいか直ぐに元のストライドに戻っている。戻っては直しを繰り返している時に、丁度いいペースメーカーを見つけたので後を付かせてもらう。疲れも出てきてペースは上がらないが、これ以上落ちないように彼について行く。っが、突然その人は止まってしまった。抜き際に横顔を見ると疲労困憊の表情であった。恐らくエネルギーが切れてしまったのだろう。私の初マラソンと同じ状態だ。残念ながら右足の痛みは収まらず、遂に34km付近で足首をケアするため立ち止まる。そっとアキレス腱を伸ばしたり、そっと足首を回したりしてみる。痛さがなくなったかどうかわからないまま再び走り出す。次第に痛さより疲労が上回り気にならなくなった。ここはペースを押さえたこともあって24分12秒。このレースで始めて24分台までラップが落ち込んだ。しかし、ここまでトータルではいたって順調にきている。そもそも5kmで24分10秒がもともとの1km辺り4分50秒ペース。スタートロスを取り戻して随分貯金までできている。20km過ぎからまたしてもトイレに行きたくなったがここまで来たらもう我慢である。

 35kmを過ぎてスパートをかけた。スパートと言っても気持ち速くなるだけで見ている人にはわからない程度でしかない。落ち込みそうなペースを辛うじて若干上げるくらいが関の山。相変わらず道一杯に広がったり、あまり後ろ気にしない遅いランナーを注意深く対向車線から抜かしながら走る。ときおり対向車とぶつかりそうになるが仕方ない。この辺りになると同一周回でペースを保っている人は少なく、周回遅れは明らかに遅い。結果、ごぼう抜き状態になった。しかし、スパートは2kmほどしか続かずばててしまい結局、維持に努める。35km~40kmは少しペースが上り、23分40秒。

 40kmを過ぎると不思議なもので再び力が湧いてくる。ここでもう一度スパート。隣の若い男性と目が合い「あと少し!」と静かに声を掛ける。隣の男性がそっと頷く。ここからは自分との戦い。頑張れは3時間20分を切れる所まで来ている。そのためにはとにかく最後まで諦めないことが大事。諦めた時、全てが終わる。3時間30分切りを目指して春から練習し、真夏の北海道で足を攣りながら走った事がその時点で無駄になる。35kmを過ぎると既に体力は尽きているからあとは精神力の勝負。今回もとにかく最後まで力を緩めなかった。どこかにいるだろう妻も、一緒に走った人達のこともこの瞬間だけは忘れ無我夢中でゴールを目指す。タイムは3時間18分23秒(ネット:3時間17分25秒)。3時間20分台を飛び越え10分台でゴールした。

 何となく決めた目標ではあるがクリアすることが出来た。40歳を過ぎてもスポーツで自己ベストを更新できることは嬉しい。次なる目標は何処に設定するか?楽しみは続く!
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by blue-shot | 2010-12-06 23:43